第二十七話「収束」

 地上の戦況を最も正確に把握していたのは上空に難を逃れたルーラーだった。拘束を破るには未だ至っていないがルーラーのクラスに付与された並外れた索敵能力は十全に機能している。
 一番危険なのは英雄王・ギルガメッシュと勇者王・ベオウルフの戦場。唯一の救いはベオウルフの規格外の強さがギルガメッシュの乖離剣の発動を悉く阻止している事。既に聖堂教会の職員による周辺住民の避難は完了している頃合だが、乖離剣の発動は可能な限り阻止する必要がある。
 あれは対城や対軍を超えた世界そのモノを切り裂く対界宝具。アレが真価を発揮した時、地上は破壊し尽くされ、生物の住めぬ廃墟と化すだろう。下手をすれば霊脈が傷つけられ、取り返しの付かない事態にもなり兼ねない。彼の言葉が未だに耳の内で反芻し続けているが、裁定者として、英雄として、迷う事など許されない。
 とは言え、今の状態では何も出来ない。天の鎖やライダーの拘束に使われている紐ほどではないが、神獣を拘束する為に創られた縛鎖はルーラーの力を持ってしてもビクともしない。加えて、今はフラットに抱えられている状態だ。下手に動けば彼の腕からすり抜けて地上に真っ逆さまという事もあり得る。さすがにこんな状態で地上へ落下すればタダではすまないだろう。
 歯噛みしながら地上の様子を見下ろしていると、ルーラーの索敵能力がイリヤとクロエの戦場に向かう影の存在を察知した。アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハである。
 彼の狙いが何であるか、ルーラーは即座に看破した。彼の能力とその先に居る彼女達の能力。その二つを鑑見れば答えは簡単。

――――私は……。

 迷いが生じる。裁定者として、アサシンの行為を止める正当な理由は無い。彼は独自の戦略に基づき最良の選択肢を取ったに過ぎない。その行為が民に被害を及ぼすわけでもなく、決定的な違反もその行為に関しては犯していない。
 だが、英雄として――――否、ジャンヌ・ダルクとして、彼を止める理由はある。イリヤの存在だ。彼女にはアーチャーの暴挙を止める手助けをして貰った恩がある。あの宴の席での会合で、彼女の人となりも理解した。彼女が至って普通の倫理観を持つ少女であり、その中でも一際好感の持てる元気と優しさを併せ持った人物であると理解した。
 裁定者としての判断は黙認。されど、英雄としての判断は……。

「フラット!! アサシンがイリヤさんの下に向かっています!!」

 裁定者としてあるまじき暴挙。公平な立ち位置にあるべき裁定者が一方の陣営に肩入れしてしまった。
 アサシンは既に裁定者として許容出来る限度を超した行為に手を染めている。それに、イリヤとは直接言葉にはしていないが、一時的な同盟関係を結んでいる。加えて、彼女の縁者から得るべき情報がある。
 そんな、詭弁でしかない言い訳を脳裏に並べ立てながら、ルーラーはアサシンの存在を己を抱く青年に告げてしまった。
 彼の決断は早かった。

「ヒッポグリフ!! イリヤちゃん達の下へ向かってくれ!!」

 幻馬は本来の主であるライダーに指示を仰ぐ事無くフラットの指示に従った。幻馬にとって、青年の言葉は主の言葉と同義だった。それは何も、青年が主の主だからという理由では無い。
 彼らの在り方が瓜二つだから故の判断。きっと、主もあの少女を救う為に指示を出す筈だ。幻馬はそう判断した。
 そんな幻馬に本来の主たるアストルフォは布で縛られたまま微笑んだ。

「良い仔だ、ヒッポグリフ」

 彼は幻馬の判断を褒め称えた。そう、フラットの判断は己の判断も同然。
 生前も含め、こうまで心の通じ合う相手は居なかった。そう断言出来る程、アストルフォは彼に共感を覚えている。
 召喚から数日しか経っていないにも関わらず、彼の為なら命を捨てる事すら全く惜しくないと思うに至った理由はソレだ。
 こんなにも己を理解し、己が理解出来る相手は他に居ない。縁が結んだこの数奇な出会いに感謝している。まさに二人の出会いは運命的だ。
 
「イリヤちゃん!!」

 フラットが叫ぶ。その刹那、幻馬に跨る彼らの目に凄惨な光景が映り込んだ。
 バーサーカーのマスター、クロエ・フォン・アインツベルンの胸を貫く男の腕。イリヤは狂気に満ちた形相を浮かべ、男に襲い掛かる。

「――――僕は手に入れた!! 最強の力を!!」
 
 愉悦の笑みを浮かべながら男はその手に握る黒塗りの短刀でイリヤの双剣を弾き返した。

「無駄だよ、そんな一直線な動きじゃ無駄無駄。今の僕の相手は勤まらない」
「返せ!! クロエを返せ!! クロエの心臓返せ!!」

 技巧の欠片も無い攻めに対し、アサシンはほくそ笑んだ。
 目の前の少女はただの人間。されど、その身に英霊の力を宿している。今さっき喰らった少女と同じ力。
 喰らいたい。この少女を喰らえば、更なる力を得られる。豊富な魔術知識にホムンクルスを使った外付け魔力炉、そして、夢幻召喚という異能の力。
 アサシンの最初の狙いはバーサーカーを手駒とする事だけだった。クロエの保有する手札は彼にとって思い掛けないサプライズプレゼントだった。
 外付けの魔力炉から供給される膨大な魔力が並み以下だったステータスを底上げしてくれている。
 今の己にとって、怒りに我を忘れた小娘を組み伏せるなど容易い事。
 
「お前の心臓も寄越せ!!」

 組み伏せ、心臓を摘出しようと手を伸ばした瞬間、上空から巨大な物体が降りて来た。
 ライダーのサーヴァントが駆る幻馬。咄嗟にアサシンがイリヤから離れると、その隙に幻馬は鋭い爪を器用に使いイリヤを掴んで上空へと飛び去った。
 苛立ちを吐き捨てるように舌を打ち、漸く主の死を感知した木偶の坊に視線を向ける。

「僕に従え、バーサーカー」

 元々持っていた令呪では不可能だっただろう。バーサーカー程の規格外の英霊を縛るには通常の令呪では事足りない。
 だが、クロエはそんなバーサーカーを従える為に特殊な令呪を保有していた。その令呪をアサシンは奪い、使用した。
 度重なる魂喰いに加え、クロエを喰らった事により得た優秀な魔術回路と外付け魔力炉によって、今のアサシンの魔力は正に無尽蔵。如何にバーサーカーといえど、今のアサシンの令呪による命令には逆らえない。従属を強要され、膝を屈する。その屈辱と怒り足るや計り知れない。
 狂気の中に僅かに宿していた理性が守ると誓った少女をみすみす死なせてしまった己の不甲斐なさを呪い、殺した当人であるアサシンを憎み、そのアサシンに従属を強要され、逆らえぬ理不尽に憤怒の炎を燃やす。けれど、彼には何も出来ない。
 守るべき者を失い、抗う意思を奪われた彼にアサシンは薄く微笑み、命じる。

「まずはランサーのマスターを戦闘不能にしろ。その後、僕の食事が終わるまでセイバーとランサーの足を止めろ。次の指示は食事を終えてから出す」

 戦士に与えられた選択肢は服従の一択のみ。
 雄叫びを上げる事も無く、ただ糸で操られる人形の如くセイバー達に襲い掛かる。

「ああ、駄目駄目。もっと、本気でやってくれなきゃ困るよ。まったく、これだから木偶の坊は……。確り狂えよ!! |餌《まりょく》は欲しいだけくれてやる!!」

 犠牲となるホムンクルス達の事など御構い無しにアサシンはバーサーカーに魔力を流し込む。
 彼には聞こえない声がバーサーカーには聞こえていた。多くの嘆きが彼の魂を穢していく。主の哀れな死に様と今尚死に続ける彼女の同胞達の無念を思い、バーサーカーは最後の理性すら狂わせた。
 もはや、彼にとっては全てが怨嗟と憤怒と憎悪の対象となった。
 ただ、魂に刻まれた命令のままに暴れ回るその姿に嘗ての勇壮さは無い。怪物染みた英雄は単なる怪物に堕ちた。
 対峙する英雄達の表情に怖れの色は無い。あるのはただ哀れむ気持ちのみ。
 騎士として、英雄として、主を守れなかった彼の無念さが痛いほどに理解出来る。その上、怨敵に従属を強要される屈辱と怒りがどれほどのものかも……。

「胸糞悪いにも程があるぜ……」

 セイバーはバーサーカーの向こうで悪辣な笑みを浮かべるアサシンを睨み言った。
 その殺意たるや、それだけで人を殺せそうな程の凄惨さ。
 
「ああ、まったくだ。反吐が出るぜ」

 それはランサーも同様。彼らの敵はもはや眼前の大英雄に非ず。彼らの敵意はその向こうで英雄の誇りを弄んだ外道に向けられている。
 
「セイバー!!」

 二騎の英霊の怒りが臨界に達しようとしたその時、上空からフラットの声が降り注いだ。

「離脱しろ!! イリヤちゃんは回収した!! 合流地点はAの13!! それだけ言えば分かるって言われた!!」

 セイバーはフラットの指示の意味を正確に理解し、舌を打った。
 忌々しい。この場であの外道を叩き切る事が出来ない事が口惜しい。
 烈火の如く燃え上がる憤怒の影で未だ冷静さを保っていた一欠片の思考回路が目の前の大英雄をこの場で討伐する事は不可能だと告げている。 
 このまま戦えば、敗北は必至。撤退する事が最善策。

「我々も離脱します、ランサー」
「んだと!?」
「今のままではバーサーカーに敵いません。事態は今や全貌が掴み切れぬ程に混迷を極めています。かくなる上は仕切り直す必要がある」
「――――ック」
「ランサー!!」

 表情を歪めるランサーに再び頭上からフラットの声が降り注いだ。

「そっちにその気があるなら、セイバーと共に来いって!!」

 即座に返答したのは主であるバゼットだった。

「同行します!!」
「バゼット!?」
「ランサー。戦いは新たな局面に突入しています。一時の感情に任せ、判断を誤らないで下さい」
「……分かった」

 憎々しげにランサーは頷き、宝具に魔力を篭め始める。
 隣でセイバーも宝具の発動体勢に入った。二つの宝具をもってしても精々僅かな足止め程度にしかならないだろう。
 何から何まで忌々しい。二人の思考は見事に一致していた。

第二十七話「収束」

 王は誰よりも強く勇敢だった。数多くの冒険に旅立ち、多くの武勲を立て、その名を伝説に刻み付けた。
 ベオウルフ。今日における数多くのファンタジー小説。その源流まで遡ると彼の伝説に行き当たる。英国では彼の偉業が古典文学として今に語られ、例えば、英国の作家、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキンはベオウルフ研究の権威として知られ、彼の著書である『ホビットの冒険』や『指輪物語』に彼の伝説の名残を示唆する描写が散りばめられている。
 アーサー王が騎士の象徴たる王であるなら、彼は勇者の象徴たる王であった。誰もが敵わぬと膝を屈する怪物を相手に素手で挑み掛かり、たった一人で倒す規格外な力の持ち主。されど、その力に驕らぬ慎み深さも併せ持つ稀代の人格者でもあったという。
 王の最期は悲劇によって締め括られている。年老いた彼は己の民を救う為、ドラゴンの討伐に赴き、そこで命を落とす。共に戦いに赴いた者達は彼を一人戦いの場に残して逃げ去った。その事を死の間際でさえ王は責めなかった。ただ、民がドラゴンの溜め込んだ財宝によって豊かな生活を送れるようになる事を喜んだ。
 
「ああ、嘗ては偉大な王であった人よ。今はただ、私だけの勇者であってくれればいいのに、何故君は……」

 円蔵山から遠く離れた地で少女は一人涙を流す。
 
「君は……、このような異邦の地の民を思い、哀しむのだ」

 彼女の涙は彼女の従者のモノ。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは無垢なる民が危難に晒されようとしている事に胸を痛めている。
 優しき男。勇ましき人。偉大なる王。

「君が人々の安寧を望んでいるのは知っている。だけど、どうしても私は彼らに嫉妬してしまうよ。ああ、どうして、君の視界は広いのだろう。私だけを見てくれないのだろう」

 宝具の一つを捨て石にして、未だ一人の脱落者も出ていない、この序盤にかような難敵と戦う事は無いだろう。
 最強の敵と戦うのは必勝を確信した時で良いと告げたではないか……。
 まだ、その時では無いと再三忠告したではないか……。

「だけど、許すよ。そんな君だから私の心は揺れ動いたのだろうからね。愛しい愛しい……、勇者様」

 細い蜘蛛糸のようなラインを通じて同期した使い魔の視線からライネスは戦場を俯瞰する。
 敵は人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。恐らく、聖杯戦争史上最強のサーヴァント。そんな相手との戦いに己の出来る事など殆ど無いだろう。だから、せめて君の思いを遂げる手助けが出来るよう祈るとしよう。
 使い魔の視線の先でベオウルフは微笑んだ。眼前には無数の武具を蔵より繰り出す最強のサーヴァント。その手には世界そのモノを滅ぼす破滅の剣。
 にも関わらず、ベオウルフは微笑んでいる。ああ、本当に良い主に恵まれたと喜びの笑みを浮かべている。
 アーチャーと戦うのは己の我侭だ。ライネスには撤退を命じられた。にも関わらず、彼女は己の我侭の後押しをしてくれている。令呪による援護。力が漲る。

「認めよう。貴様は我が本気を出すに足る英雄だ、ファーガス。いや――――、勇者王・ベオウルフよ」

 交すべき言葉など無い。敵は無敵無類の強さを持つ英雄の祖。己はただ、挑むのみ――――。

「往くぞ、アーチャー!!」

 戦とは常に民に犠牲を敷くものだ。だからこそ、戦が終わった後、王は彼らの犠牲に報いなければならない。
 だが、この聖杯戦争において民に報いる術は無い。なればこそ、無闇に命を摘み取ってはならないのだ。犠牲を強いてはならないのだ。
 王とは民あってのもの。民の幸いこそ、王の幸い。民の苦しみこそ、王の苦しみ。ああ、人類最古の英雄王よ。貴様には確かに民を統率する力があるのだろう。貴様にも貴様なりの価値観があるのだろう。だが、己が欲望の為に民に犠牲を敷き、その犠牲に報いるつもりも無いのならば、我が王道が貴様の王道を砕き伏せる。

 嘗て、一つの国に禍を齎した|破壊の神《ドラゴン》が居た。そして、建物も人も家畜も何もかもを焼き、砕き、破壊した神を拳によって捻じ伏せた王が居た。

「|破壊神を破壊した男《ベーオウルフ》!!」

 今、その王が現世に君臨する。拳は立ち昇る膨大な魔力によって赤々と輝き、全てのステータスが上昇していく。
 彼の元々のステータスは筋力A++、耐久A+、敏捷A、魔力A、幸運A、宝具A。この時点で既に規格外の英霊。そこに二つの要素が加わる。
 一つは彼の主、ライネスの令呪による後押し。この時点で、既に筋力と耐久のステータスは評価の規格外に到達している。敏捷と魔力も最高値たるA++に至り、既に常軌を逸した力を発揮している。
 にも拘わらず、ベオウルフは更なる力を漲らせる。
 元々、サーヴァントの評価基準を設定したのは始まりの御三家である。英霊がサーヴァントとして現界した際の基準を彼らは大まかに設けただけに過ぎない。故に評価規格外というランクに至ってもそれ以上の数値の上昇があり得ない……という事にはならない。
 筋力Ex、耐久Ex、敏捷Ex、魔力A++、幸運A、宝具A。もはや、反則としか言いようの無いふざけたステータス。アーチャーに脅威であると確信させる強さが確かに彼にはあった。だが、その力の規格外さはアーチャーの予想を大きく上回っている。
 降り注ぐ宝具の豪雨に彼がした事は至って単純。ただ、拳を振り上げた。ただ、それだけだ。それだけで、仮にも宝具に位置づけられる武具の数々が彼に到達する間も無く弾き返され、低ランクの宝具に至っては粉砕された。
 嘗て、稀代の名剣を己が腕力によって叩き折ってしまったベオウルフの拳はBランク以下の宝具を問答無用で破壊し、Aランクの盾、あるいは守護の概念すら突破する。
 事ここに至り、対峙するアーチャーは敵の出鱈目な強さに一つの確信を得る。奴を倒すには乖離剣をおいて他に無い、と。

「受けよ、|天地乖離す《エヌマ》――――」
「させるか!!」

 ベオウルフはアーチャーの宝具を掴み取り、力の限り投擲した。ランクExの筋力によって投擲されたソレは本来のランクを遥かに超えた破壊力を備え、アーチャーに向かって飛来する。
 盾を展開する暇など無く、アーチャーは乖離剣の発動を中断し、回避に専念せざる得なかった。そこに更なる追撃が加えられる。

「ッ調子に乗るな!!」

 七つの花弁を持つ盾が展開される。ベオウルフの投擲を盾は鉄壁の硬さによって跳ね除け――――、砕かれていく。
 一撃で花弁が三つ砕かれた。次の一撃で更に三つ。三度目の投擲で完全に粉砕された。その間、僅か一秒。更なる盾の宝具を展開するが、ベオウルフはアーチャーの降らせる宝具を己のものとして投げつけてくる。彼にとって、炎を纏う魔剣も聖なる輝きを宿す槍も雷を迸らせる斧も全て等しく頑丈な投擲武器。
 だが、アーチャーは宝具の雨を降らせ続ける。止めればその瞬間にベオウルフの接近を許す事になるからだ。己の財宝が無惨に砕かれ、奪われていく様にアーチャーは笑みを零した。
 これほどの極限の戦闘は嘗て共に歩んだ友との出会いを思い出させる。今尚色褪せぬ茜色の空模様。ああ、実に愉しい。

「――――だが、奪われるは趣味では無い」

 奪われるくらいならば、いっそ……。
 アーチャーは薄く微笑み、囁くような声で言った。

「また、悪い癖がついてしまいそうだ……、エルキドゥ。ッハ、砕け散れ、我が財宝よ!!」

 |壊れた幻想《ブロークン・ファンタズム》。あれほど大事にしていた財宝を使い捨てるような真似をするなど、彼にとってどれほど屈辱的な事だっただろう。
 けれど、彼は微笑を絶やさない。ほんの一時、嘗ての友との戦いを思い出し、彼は成熟する前の幼年期の頃の己に立ち戻っていた。
 反撃が止んだ。掴もうとする度に爆発する宝具。如何に耐久に優れていようと、至近距離で立て続けにアレを受けてはただでは済むまい。

「さあ、終いにしよう。いや、中々に愉快であった。褒めてやるぞ、勇者王よ」

 手にしたのは乖離剣。念には念をと周囲には盾と結界の宝具を重ねて展開する。もはや、邪魔立ては許されない。
 
「しかと見よ。そして、慄くが良い。貴様が楯突いた者がどれほどの存在か知るが良い!! ベオウルフ!!」

 乖離剣が唸りを上げる。空気が――――否、空間そのものが悲鳴を上げる。
 ベオウルフが見たのは天と地の始まりの光景。
 これが――――|天地乖離す開闢の星《エヌマ・エリシュ》。
 上にある天が名付けられて居らず、下にある地にもまた名が無かった時代。この世を構成する全てが母なる|混沌《ティアマト》より生まれ出でる前。水が混ざり合い、野は形が無く、神々すら生まれぬ原初の光景。
 滅びであり、創造。驚天動地の力。これが人類最古の英雄王の真の力。この宝具を評価出来る存在など天上天下に一人とて存在しない。故にランクはEx。だが、その文字の重みはベオウルフのステータスのExとは比較にならない。
 如何に強大な怪物を滅ぼした勇者であろうと、世界そのものに勝てる道理無し。その世界すら滅ぼす光に抗える道理無し。

――――君を失うわけにはいかない!!

 されど、彼は一人に非ず。生前、誰にも救われずに孤独に死した王は今や孤独に非ず。
 彼を慕い、彼を思う少女が居る。滅びの光を受けるより早く、令呪の力が彼を主の下に誘う。
 後に残されたのは崩壊した地表のみ……。
 サーヴァントの枠組みに貶められたからこそ、この程度で済んだと胸を撫で下ろせた者は居ないだろう。巨大な大穴が穿たれた地表に彼の背後からおずおずと姿を現した主たる少女は呆然と立ち尽くしている。直前に聖堂教会の手で人々の避難が完了している事など知る由も無く、知っていたとしても何の意味も無かっただろう。
 そこはもはや廃墟ですら無い。まるで、隕石が落下したかのような惨状に桜は膝を折り、身を震わせた。その震えの正体が何なのか、彼女自身にも分からない。
 これを為したアーチャーへの恐怖なのか、この惨状を作り上げてしまった事に対する罪悪感なのか、圧倒的な力に対する快悦なのか、何も分からない。ただ、彼女はその光景を瞳に焼付けた。まるで、嘗ての相棒が生前に経験した地獄を思わせるその光景を只管……。

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