第九話「遭遇」

 何事も気は持ちよう。聖杯戦争という異常事態に巻き込まれた事は不運としか言いようが無い。けれど、悪い事ばかりじゃないわ。
 少なくとも、セイバーと出会えた事はプラスの筈。友達は何人居てもいいものだし、彼女はとても魅力的だ。

「なあ、オレ達、こんな事してていいのか?」

 セイバーは鏡で自分の格好をチェックしながら困ったように言った。
 
「だって、霊体化したままより、実体化して実際に歩き回った方が地理が頭に入り易いでしょ?」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、次はこのキャミソールね」
「……もうちょっと、地味なの無い?」

 私達は今、新都にあるショッピングモール・ヴェルデに来ている。
 本来の目的は戦場の下調べなんだけど、慌てて故郷の街から逃げ出して来たから、私達には着替えの服が無い。つまり、セイバーに貸せる服が無かったのだ。
 霊体化していれば問題無いんだけど、実体化した時のセイバーの服装は仰々しい甲冑姿。コスプレと言い張ってもいいけど、街を歩くには適さない。というか、一緒に歩きたくない。
 という訳で、本格的な下調べの前に私達はセイバーの服を買いに来たのだ。ついでに私の服や日用品の補充も……。
 
「マ、マスター。オレ、さすがにコレは無いだろ……」

 試しにゴスロリファッションに着替えさせてみた所、セイバーはいたく不満そうな顔をした。
 傍目から見ると、とても良く似合っている。まるで、お人形さんのよう。だけど、私もこんな格好してる奴と一緒に歩きたくない。
 うん、ゴスロリは却下ね。

「じゃあ、次は――――」
「いい加減、下調べしに行こうぜ。服選びにもう一時間以上掛けてるぞ」
「うん、もうちょっとしたらね」
「三十分くらい前にも同じ事言ってたぞ」

 セイバーは何だかグッタリしている。伝説の英雄様の癖に体力が無いわね。
 とりあえず、服選びはこの辺にしておこう。まだまだ、他にも見て回りたいお店があるしね。

「じゃあ、とりあえずお会計済ませてくるわ」
「やっとか……」

 ちゃっちゃとお会計を済ませ、セイバーに荷物を持たせて次のお店に向かう。

「ちょ、この状態で敵と遭遇したらどうすんだよ……」

 両手に紙袋を三つずつ持ちながらセイバーが文句を垂れる。
 さすがに持たせ過ぎたかしら……。

「ごめんごめん。半分持つから貸して」
「いや、そういう意味じゃなくてよ。幾らなんでも買い過ぎだろ!!」
「だって、着替えは全部家にあるんだから仕方無いじゃない! 私、二日連続で同じ服を着るなんて絶対嫌だもの!!」
「だからって、どんだけ買ってるんだよ!?」
「言っておくけど、これでもまだまだ全然足りないんだからね!! 下着だって、全部置いてきちゃったんだから……。お気に入りのだけでも取りに帰りたいわ……」
「おい、絶対止めろ。お前、自分がどんな立場に立ってるのか分かってるよな!?」
「分かってるわよ……。でも、こんなの最低……」

 涙が出て来た。タッツン達と一緒に選んだ服や期間限定発売のアクセサリーも全部家に置いて来ちゃった。
 今着てる服なんて昨日と同じ物を続けて着回してる。最悪だわ。
 ネガティブになっていると、隣でセイバーが深い溜息を零した。

「分かったよ。アンタの気が済むまで付き合ってやるから、元気出せよな」
「……ありがと、セイバー」
「いいさ。アンタは暗い顔より明るい顔の方が似合ってる」
「……へへ」
「そうそう、その笑顔だぜ、マスター」

 相好を崩すセイバーに私は兼ねてから思っていた事を告げた。

「セイバー。私の事はイリヤって呼んでよ」
「……ああ、分かった。んじゃ、次はどの店に行く? イリヤ」
「次は……」

第九話「遭遇」

 結局、買い物は夕方まで掛かってしまった。セイバーは諦めたような顔をしながら私の荷物を全部持ってくれている。
 本が十冊にアクセサリーの入った袋が三つ。洋服の袋が三つと日用雑貨の入った大きな紙袋が二つ。
 改めて見ると物凄い量の荷物だ。時々、道行く人々が好奇の眼差しを投げ掛けて来る。

「だ、大丈夫?」

 声を掛けると、セイバーは深い溜息を零した。

「今日は下調べは無しだな。買い物が終わったら、とりあえずホテルに戻ろうぜ。さすがに、こんな荷物持って戦うなんて不可能だ」
「う、うん。その……、ごめんね?」
「今日限りだぞ。明日からは真面目にやれよな」
「はーい」
「んじゃ、帰るか……」
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
「最後にあそこだけ……、お願い」

 手を合わせて頭を下げる私にセイバーは今日一番大きな溜息を零した。

「お好きにどうぞ」
「あーん、セイバー、大好き!」
「はいはい……」

 自動ドアを潜り、私達が入ったのはランジェリーショップだった。店内にはディスプレイとして胴体だけの黒光りしているマネキンが飾られていた。ピンクの小花刺繍のブラジャーとショーツを身に着けている。結構可愛い。でも、ちょっとお子様向けって感じね。壁には有名ブランドの新作ランジェリーのポスターが貼られている。これは中々だわ。
 とりあえずピックアップされている物をチェックしながら広い店内を見渡した。内装は落ち着いたアンティーク調。入口から伸びる外の光や、天井に取り付けられた円形のヘコミに埋め込まれたライトで中はかなり明るい。奥に進むと、ブラジャーやショーツの他にも、ベビードールやビスチェ、ボディストッキングという少し大胆な物もあった。

「い、色々あるな」

 セイバーは少し恥ずかしそうにしながら店内を見渡した。何だか可愛い。

「セイバーの時代にはこういう下着は無かったでしょうしね」
「まあ、ここまで凝ったのは見た事無いな」
「そう言えばママが黒くて可愛いベビードールを持ってたっけ。セイバーにも似合うんじゃない?」

 あんな感じ、と少し先にある首下にリボンが付いたフリフリのベビードールを指差した。

「絶対に嫌だ!」

 セイバーは顔を引き攣らせながら断固とした態度で首を振った。
 まあ、私達にはちょっとハードルが高いかもしれないわね。

「あ、見て見て! ガーター付き!」

 黒の花柄のTバックショーツを見せると、セイバーは目を丸くした。

「おま、これ、ええ!?」

 ほぼ紐に近い下着を見てセイバーは顔を大いに引き攣らせた。

「これ、下着の意味無いだろ……」
「さ、さすがにエロ過ぎかな」

 若干引かれているのを察し、慌てて元の場所に戻した。
 
「もうちょっと、真面目に選ぼうぜ」
「はーい」

 気を取り直して、ブラジャーコーナーの中からセイバーに似合いそうな下着を吟味する。ブラジャーコーナーにはブラジャーだけのと、ブラジャーとショーツが二つで一式のがあった。そこで、私は肝心な事を忘れていた事に気がついた。

「そう言えば、セイバーのバストのサイズって何センチ?」
「バストのサイズ?」
「あ……、そっか……一回測って貰わないと分からないわよね。うん。じゃあ、お店の人に計ってもらいましょ」
「えー、面倒だし、オレのは適当でいいよ」
「駄目よ! ちゃんと選ばなきゃ駄目! マスター命令!」
「へいへい。了解しました、マスター様」
「よろしい!」

 私はセイバーの手を取ると、少し離れた場所で棚卸しをしている店員さんに声を掛けた。

「すいませーん! この娘のサイズ計って欲しいんですけど」
「ハイ、かしこまりました。アチラのカーテンの中でお待ち下さい」

 店員の女性の言葉に従い、セイバーはカーテンで仕切られた試着室の中に入った。

「勝手に離れるなよ? いつ敵が襲って来るか分からないんだからな」
「はーい!」
「なーんか、信用できない返事だな……」
「セイバー、ひどーい」
「いいから、あんまり離れるなよ?」
「分かってるってば。そんじゃ、私は適当に見せの中見て回ってくるから、店員さんが来たらちゃんと計って貰ってね」
「へいへい」
「返事は『はい』!」
「アンタに言われたくねぇよ!」

 セイバーがガーッと怒鳴るのを無視して、私はさっさとブラジャーコーナーへと戻って来た。
 時々、試着室から「いひゃっ」とか、「うひゃっ」とか変な声が聞こえて来る。私も初めてブラジャーを買う時にバストのサイズを測ってもらった時はメジャーのヒンヤリした感触に奇声を上げたものだ。
 昔を懐かしみながら粗方自分用の下着を選び終えた頃、セイバーがよろよろと試着室から出て来た。何だか、顔が赤い。

「あの店員、絶対面白がっていやがった……」
「そんな事、あるわけないでしょ。それより、サイズはどうだったの?」
「ああ、73センチだってよ」
「じゃあ、あっちで色々見てみましょ」

 壁に並ぶ下着を色々見ていると、不意に誰かとぶつかった。
 慌てて謝ると、そこに居たのは何と男の人。しかも、凄いイケメン。

「いや、こっちこそごめんね。実は色々迷ってて、ちょっと注意が散漫になってたんだ」
「いえ、私も……。えっと、お一人ですか?」
「うん。そうだけど?」

 女性下着専門店に男の人が一人でって……。
 いや、早とちりしてはいけない。そう言えば、前にテレビでイケメン俳優が彼女に下着をプレゼントしたって話をしていた。
 この人もきっとそうに違いない。

「か、彼女さんへのプレゼントですか?」
「え? 違うけど?」
「……えっと、じゃあ、妹さんの……とか?」
「ううん」
「お姉さん?」
「違う違う」
「も、もしかして……、お母さん?」
「どうして、俺が母さんの下着なんて買いに来るのさ?」

 あれ……?
 恋人や家族へのプレゼントじゃないとすると……、この人、何でここに居るの?
 やばい。私の|第六感《シックス・センス》が言っている。この人とこれ以上関わるのは危険だと。

「あ、そうだ。君さ」
「な、何でしょう……?」

 とは言え、そもそも話し掛けてしまったのは私の方だ。いきなり無視して立ち去るのは失礼にあたるだろう。
 それに、私の勘違いって可能性もある。彼にはもしかしたら、何か理由があってここに居るのかもしれない。
 そう、早とちりは禁物。

「男が着るとしたら、どれがいいと思う?」
「へ、変態!?」

 思わず声に出てしまった。

「お、おい、マスター!? どうした!?」

 セイバーが真っ赤な下着から視線を外し、驚いたように私の腕を掴んだ。
 でも、私はセイバーの質問に答えるどころじゃない。
 やばい。予感的中。

「いや、いきなり、変態って……」

 変態が何か言ってる……。

「ち、近寄らないで、変態!!」
「いや、君、何か誤解してない!?」
「誤解って何よ!? ここは女性下着の専門店よ!? そこで、どうして男が着る下着選んでるのよ!?」
「いや、だから、男が着る為の女性下着を探しに来ただけで、俺は別に変態じゃ……」
「変態じゃない!? 変態以外の何なの!?」
「お、おい、落ち着け、マスター。他人の趣味趣向に口を出すのはナンセンスって奴だぜ」
「だ、だって、この人、私にどんなのが良いか聞いてきたのよ!? 私に『この人が着る女性下着』を選ばせようとしたのよ!?」
「誤解だってば!! 違うよ!!」
「何が違うのよ!? セクハラで訴えるわよ!?」
「待って!! お願い!! ちょっと、待って!!」

 頭に完全に血が上ってしまい、私はいよいよ暴力に訴えそうになった。すると、突然――――

「待ったー!!」

 私と変態の間に綺麗な女の人が割って入って来た。赤い髪に黒いリボン。白と紫のストライプ模様のタンクトップに紫のパーカーと紫のブーツ。アンダーはボトムスは黒のミニスカ。
 誰だろう。首を傾げる私に女性は言った。

「待って、マスターは変態じゃないよ!!」
「マ、マスター……?」

 まさか、この変態、自分の彼女に自分をマスターって呼ばせてるの!?
 いや、でも、彼女が居るなら変態ってわけじゃないの……いやいや、彼女を連れて、自分の着る女性下着を選びに来たハイエンドな変態という可能性も……。

「後退ってろ、イリヤ!! そいつはサーヴァントだ!!」
「……え?」

 セイバーはいつの間にか鎧姿に変わっていた。
 ランジェリーショップの中で、ブラジャーやパンツに囲まれた状態で鎧を着込み、剣を構えている姿は凄くシュールで、私は咄嗟に動けなかった。

「イリヤ!! ボサッとするな!!」
「って、ごめん!!」
「ま、待って待って!! ボク達は戦う気なんて無いよ!!」
「ああ?」

 私を自分の背で隠しながら、セイバーは溢れる殺気を目の前の女性に叩きつけながら目を細めた。

「た、ただ、その、誤解を解きたいだけで……」
「あれ、ライダー」
「ん? なーに?」
「下着まだ買ってない筈じゃ……」

 殺気全開で構えるセイバーの前でライダーと呼ばれた女性はマスターらしき変態に声を掛けられ、セイバーに背中を向けた。

「こ、こいつら、オレを舐めてるのか……?」
「セ、セイバー。とりあえず、ちょっと話をしてみない?」

 戦う気は無いって言ってたし、何だか向こうの様子が変だ。何かを話している様子。
 聞き耳を立ててみると、彼らの会話が聞こえた。

「だ、だって、マスターがピンチだったし、慌てて試着室で実体化して服だけ着て……」
「え、じゃあ、もしかして、今、ライダー……」

 変態はライダーの下半身に目を向けながら言った。

「ノーパン?」
「やっぱり変態じゃない!!」
「なっ!?」

 変態が驚愕している。
 吃驚するのはこっちだ。まさか、変態の自覚が無いのかしら。

「違うよ!! 俺は変態なんかじゃないよ!!」
「嘘つき!! 鼻息荒くしてるじゃない!!」
「こ、これは……、だって、こんな可愛い子が俺の為にノーパンで立ちはだかってくれてるんだよ!? 興奮しちゃっても、仕方無いじゃん!!」
「マスター、止めてくれ!! その言い方だと、ボクまで変態みたいに聞こえる!!」

 あ、ライダー。今、何気に自分のマスターが変態だって認めた。

「お、おい」

 セイバーが焦ったように私を呼ぶ。
 
「な、何?」

 セイバーは後ろを指差した。
 そこには顔を引き攣らせた店員さん。
 
「あ、あはは……」
「お客様」

 店員さんは私達の下までやって来ると、ニッコリと微笑みながら言った。

「店内ではお静かに願います」
「は、はい……」

 四人の声が重なった。

「と、とりあえず、これだけお会計お願いします」
「あ、俺のも……」
「かしこまりました。では、レジにお願いします」

 私達はおずおずと店員さんの後に続いた。
 とりあえず、かごに入れてあった下着をそれぞれ買い、私達は外に出た。
 
「えっと、その、一応言わせて欲しいんだけど……。俺が買いに来たのはあくまで、ライダーの下着だったんだ。だから、その……俺、変態じゃないよ」
「……う、うん。さすがに私も言い過ぎたわ。ちょっと、最近色々あり過ぎて、てんぱっちゃってた」
「い、いや、分かってくれたならそれで……」
「あ、私、イリヤスフィールって言います」
「あ、俺、フラットって言います」

 空気が重い。冷静になって考えると、相当失礼な発言を連発してしまった。
 よくよく考えてみれば、彼はただ、自分のサーヴァントの下着を買いに来ただけだったのだ。私と同じだ。
 男の人が女性用下着の店に入るなんて、相当勇気が必要だった筈だ。なのに、あまりにも不躾な態度を取ってしまった。

「あ、あの、本当にごめんなさい。その、失礼な事ばっかり言っちゃって」
「い、いや、あれは仕方無いよ。俺も言い方とかが色々拙かったし……」
「えっと、フラットさんは、どうして、聖杯戦争に?」
「あ、俺、英霊と友達になりたくて来たんだ」
「英霊と友達に?」
「う、うん。ほ、ほら、伝説の英雄とこうして直接会って話が出来るなんて、そうそうある事じゃないじゃん。だから……」
「そ、それ、素敵だと思います!」
「え、そ、そう? そうかな?」

 フラットさんと私はショッピングモールの外に出るまで他愛無い話を続けた。
 外に出ると、セイバーがポカリと私の頭を叩いた。

「な、何するのよ、セイバー!」
「今まで黙っててやっただけありがたいと思え!!」

 ガーっと怒鳴るセイバーに私は小さくなりながら謝りまくった。
 何に怒ってるのか分からないけど、とにかく謝った。
 それほど、今のセイバーは怖かった。

「あ、じゃあ、俺達はこの辺で……」

 フラットさんは若干怯えながら言った。

「あ、はい。あの、本当に今日はすみませんでした」
「いや、こっちこそ、ごめんね。じゃあ、またね」
「あ、はい!」
「いや、おかしいだろ!! 何で敵のマスターとそんな――――」

 セイバーの言葉が突然途切れた。
 どうしたのかと振り向くと、セイバーは殺気だった表情を浮かべていた。

「イリヤ。荷物はここに置いて行くぞ。切嗣にでも取りに来させろ」
「え?」

 首を傾げる私に答えを示してくれたのはライダーだった。

「どうやら、祭りの始まりみたいだね」

 祭りの始まり。その意味は私にも分かる。
 ああ、つまり、いよいよ聖杯戦争が始まるという事だ。
 やばい、結局下調べ出来ないまま始まっちゃった……。
 パパ達、怒らないよね?

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